まみ めも

つむじまがりといわれます

動物たちの物語(ちくま文学の森)

動物たちの物語 (ちくま文学の森)
猫(三好達治)/銀のやんま(北原白秋)/春(吉野せい)/蝶(正岡子規)/こおろぎ(鏑木清方)/蝗の大旅行(佐藤春夫)/虫のいろいろ(尾崎一雄)/冬の蝿(梶井基次郎)/悲しい山椒ノ魚(野尻抱影)/プラテーロとぼく 抄(ヒメネス)/リス(コレット)/文鳥夏目漱石)/黒猫(島木健作)/大きな二つの心臓の川(ヘミングウェイ)/蝉―変態「羽化」(ファーブル)/蚊(小泉八雲)/スカンク(ハドソン)/マンモスは生きている(吉田健一)/ナマズ考(花田清輝)/猫が物いう話(森銑三)/猫の踊(森銑三)/蛇精(岡本綺堂)/髪切虫夢野久作)/豹(内田百間)/鯉(内田百間)/雑種(カフカ)/スキー場で(辻まこと)/猿(J.クラルテェ)/雁の話(中勘助)/ウシ(エーメ)/名優ギャヴィン・オリアリ(J.コリア)/猫の親方あるいは長靴をはいた猫(ペロー)/毛虫の舞踏会(M.ブデル)/やまなし(宮沢賢治
腱鞘炎が再発し、湿布をやったり塗り薬をやったりごまかしていたところが、フトよろめいたときに畳に手をついた刹那、手首にぐきりと違和感が走った。以来ボールペンを握るのもドアノブをまわすのもトイレでパンツをあげるのもままならぬ有様で、早々に整形外科を受診した。腱鞘炎に併発して、舟状骨という手首の骨をいためたらしい。先生が、舟状骨は、骨折すると治りにくい厄介な骨なのであって、人体の約200ある骨の中でワーストスリーに入る、という話を展開したものだから、ぼんやりしたわたしでも少し胸がどきどきした。レントゲン像では骨に異状なしとの診断であったが、腱鞘炎には注射を一本、そのあとで熱湯でやわやわになったボードを手首の尺側に巻いて、それが冷えて固まった上に包帯を巻いて、ちょっとした怪我人の風情が仕上がった。一週間後にまた来たらよいというので今日出掛けていったところ、リハビリ室なるところで赤く光った熱のあるものを手首にあててもらい(なんでも電気を流しているらしいがよくわからない)、さらに注射を一本打った。明細にはリノロサールとリドカインとある。おかげで二週間のつもりだった里帰りがのびのびになっている。わが身を案ずる筈氏からは食べるにぼしが四袋送られて、カルシュームを摂るようにとのお達しである。大雪を迎えて冷えるようになり、家の薪ストーヴに薪をくべて、ほうじ茶をすすりながら本を読むのだが、単行本を手に支えるのも難儀、膝においた本のページを神妙な顔つきでめくってみる。
ちくま文学の森シリーズが文庫版で刊行されたらしい。わたしはアマゾンで単行本の古いのを、安い順に買ってった。残すところ二冊。動物たちの物語が届いたときに、表紙にこどもらしい落書きがあるのを、古本だからなアなんて思っていたが、そのうちにこどもの落書きにしてはよくよくうまくできすぎていると思ったら、この落書きも含めて安野光雅氏の装丁なんだった。ニクイこと、やるなあ。
今回はスピンは迷わずヘミングウェイに戻った。焼け跡になった町で男がひとりキャンプをし、マスを釣る話。お行儀の悪い言い方になるが、なんてったってキャンプの飯がうまそうで、思わず舌なめずりしてしまう。

ニックは空腹だった。こんなに腹がへったことはないな、と思った。豚肉と豆の缶、スパゲティの缶を開けて、フライパンに入れた。
(中略)フライパンを焔のゆらぐ網にのせた。さっきよりもなお腹がへってきた。豆とスパゲティが温まってきた。ニックはそれをかきまわし、よく混ぜた。やっと表面に小さな泡が浮かんできて、ぶつぶつし始めた。いい匂いがした。トマト・ケチャップの壜を出し、パンを四きれ切った。小さな泡はだんだん早く浮かんできた。ニックは火のそばに座り、フライパンをおろした。半分ばかり錫の皿にあけた。ゆっくり皿のなかに拡がっていった。(中略)彼は皿からスプーンにたっぷりしゃくった。
「すごいぞ」とニックはいった。「こいつはすげえ」と彼はうれしそうにいった。

ほかにも、ホプキンズ式のコーヒー、タマネギ・サンドイッチなど、ラフ&シンプルなキャンプ料理が、どれもこれも途方ないご馳走になる。タマネギ・サンドイッチなんて、川の水に浸して食べるくだりを読んでシビレてしまう。今すぐサンドイッチを持って川に走っていきたいぐらい。ご馳走は文脈のなかで成立するのだということを改めて思う。人に、今まで食べたもののなかで一番おいしかったものをたずねてみると、大概はそのご馳走は物語を持っている。わたしは、ばーちゃんの握った梅干のおにぎりがそれだった。田植え稲刈りのときに、母方の実家に手伝いにいくと、ばーちゃんが丸いおにぎりに梅干を入れて握ってくれた。梅干はまっかっかでとびきり酸っぱかった。おにぎりは海苔で真っ黒に巻かれて、それを広告紙や新聞紙でくるんで、みんなで田んぼのそばの畦道で食べた。わたしはそれを三つも四つもたいらげたのを、思い出した。