盆休みは下田行。飽きるまで温泉に浸かり、サウナにはいり、脱衣場のマッサージ器で全身をぎゅうぎゅうに揉みしだかれ、湯上りのからからに干からびた体につめたいアルカリイオン水をグーっと飲み干すと、胃袋にぐんぐんしみこむのを感じる。いつもは夕方になるとふたりの子守に慌ただしく、シャワーすらろくすっぽ落ち着いて浴びておれんかったので、ほんとうにありがたい時間だった。部屋にもどると大中小の似たような顔がひとつの布団にせせこましく昼寝しており、それを眺めながら本や新聞をぺらぺらやるのが、なんだかこころも体もじんわりと痺れるような心地よさだった。流星群がくるというので、テラスにでて空を眺めていたら、おおきいのが横切って、あちこちから歓声があがった。ビーチでは花火もぽんぽんしていた。ホテルの朝食はバイキングで、プレーンオムレツがおいしくて、毎朝ケチャップをたっぷりのせてたべた。中学の国語の教科書だったとおもうが、プレーンオムレツのでてくる話、神父さんがまがった指先でお説教をたれるあの話はなんだったっけなあと頭の片隅でめぐらしたが思い出せなかった。あの話を読んでから、わたしにはプレーンオムレツが憧れの食べ物だった。おかあさんの作るオムレツは、ピーマンや牛肉や玉ねぎがたっぷりくるまれて、鉄のフライパンでこんがり焼けめがついていたっけ。おかあさんにプレーンオムレツをやいてほしいなんてお願いするのはなんだか照れるのでできなかった。そうやってたべられなかったものを、あのときに食べなくてよかったなとおもう。とっておきにしておくというのも乙なもんだ。
- 作者: 室生犀星
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1962/06/10
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