またひとつ歳をくった。誕生日は、歩いてケーキ屋にいき、苺のショートケーキをふたつ、チョコレートケーキをひとつ、買ってもらった。夕飯のあとで、三角のショートケーキにろうそくを三本ともし、ハッピーバースデーを歌い終わるや否やフーとやろうとするセイちゃんを寸止めし、一緒に息を吹きかけて消した。おかーちゃんおたんじょうびおめでとうって一緒に言おう、と宿六が言い、おかーちゃん、と言ったところで、セイちゃんが、「じぶんで」と手で制して、一生懸命、おかーちゃん、おたんじょーび、おめでとう、と言ってくれた。ケーキはやわらかく、口にいれるとスースー溶けてしまい、幻のようだった。幻でなかった証拠に苺のへたがふたつ残った。こどもが寝たあとで、発泡ワインのちいさな瓶で乾杯をした。
- 作者: 俵万智
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1987/05/08
- メディア: 単行本
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また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話をしたい
気がつけば君の好める花模様ばかり手にしている試着室
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
「30で俺は死ぬよ」と言う君とそれなら我もそれまで生きん
命令形に花模様、どうやらドメスティックなにおいがしてわたしは好かん。電話しろよなんて言われたら、おまえがしてこいと返してしまうだろう。花模様やポニーテールが好きな男も勘弁してほしい。もちろん花模様なんて箪笥に一着も入っていない。逆に宿六に花模様のチロリアンテープの縫い取ってあるカーディガンを贈ったことがあるぐらい。30でに至っては理解不能すぎて聞かなかったことにしたいレベル。
君の髪梳かしたブラシ使うとき香る男のにおい楽しも
君を待つ朝なり四時と五時半と六時に目覚まし時計確かむ
上り下りのエスカレーターすれ違う一瞬君に会えてよかった
しかし万智ちゃんとこの男、ぴたっとピースが嵌まっている感じがする。端で見ていたら、アーアって言いたくなる恋愛。このありふれた呆れた恋愛が、短歌のリズムで躍動して、おそろしくフレッシュな仕上がりになっている。俵万智は、ずっと恋しつづけられる才能のひとだ。わたしは逆上せるのは風呂のなかだけにしておこう。