夕方、保育園のバス「あかずきんちゃん号」のお迎えに庭先にでると、稲刈りのひやけくさいにおいがした。嗅覚はいやおうなく時計を巻き戻し記憶をよみがえらせるので、ジャージを着て、稲刈りの手伝いをしたときのことがふっと戻ってくる。広告紙の包みの中にはすっぱい梅干しの埋められたおにぎりがたくさんあった。機械音のうるさい中でもみ殻が納屋を舞い、ほこりっぽい光線の加減がやわらかかった。
- 作者: 丸谷才一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1992/10/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (3件) を見る
なかに文壇三大音の話がすこし詳しく書いてあった。文壇三大音は埴谷雄高の選および命名によるもので、井上光晴、開高健、丸谷才一の三人。丸谷才一いわく、
井上さんの声は鉱物的である。もつと具体的に言ふと原子爆弾が破裂して都市を一つ二つ破壊するやうな声である。開高さんの声は動物的である。雌雄の鯨がベタリと交尾するやうな声である。そしてわたしの声は、オーケストラのやうに音楽的だと自分では思つてゐるけれど、他の二人は承知しないでせうね。
とのこと。ちなみに、開高健は「丸谷才一はラウド、井上光晴はノイジー、僕のはソノラスというのです」と言っていて、丸谷才一と開高健は自己評価が高い。まえに、開高健と吉行淳之介と丸谷才一とが三人で対談した本があって(現代日本のユーモア文学〈6〉付録)、文壇三大音ふたりに挟まれた吉行淳之介を気の毒に思っていたけれど、丸谷才一によると、吉行淳之介の電話口の声は野太くて、「それは小説家の声といふ感じの声ではぜつたいなく、ヤクザの大親分が寝ころんで講談本を読んでゐたところへ電話がかかつて来たので受話器を取つた、といふ印象を与へる声」なのだそうで、それを聞くと、鯨の交尾にオーケストラにヤクザの大親分、ものすごい迫力の座談会だったにちがいない。