まみ めも

つむじまがりといわれます

村上春樹雑文集

ばあちゃんのお弔いにはげんちゃんとふたりで出た。ばあちゃんらしい、立派な死に顔だった。化粧の似合わない、豪快で気持ちのよいひとだったなあと思い出す。蚊帳を吊ったなかにみんなで寝転んでしりとりをしたっけ、ほおずきを揉んで笛をつくってもらったこと、背中をばちんと叩く力強さ、洗濯ものを几帳面にたたんでいた手つき。十人きょうだいの六番目で、家のなかはしっちゃかめっちゃかして、なすの煮物のなかに雑巾が入っていたという逸話がある。遊びにいくと、まみぃや、ここなごーなってやすめや、とかけてくれた声を、いまは頭のなかで再生できるけれど、もうそれを取り出すことはできないと思うと不安になる。

お弔いのあとでおとうさんのお見舞いにいき、げんちゃんを腕のなかに入れ、ばあちゃんからきた手紙を渡す。おとうさん、耳がいっそう遠くなり、ろれつもまわらず、話をするのが難しい。キイトルーダの副作用なのか、しびれもひどいらしい。とどまってほしいと思いながらなすすべなくずるずると時間がすぎる。

村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集

 

ト。

 エルサレム賞スピーチ「壁と卵」、海外版への序文、音楽論、書評、人物論、結婚式のメッセージなど、村上春樹がセレクトした未収録の作品、未発表の文章69編を収録。安西水丸和田誠の解説対談も掲載。

前書き――どこまでも雑多な心持ち
序文・解説など
自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)
同じ空気を吸っているんだな、ということ
僕らが生きている困った世界
安西水丸はあなたを見ている
あいさつ・メッセージなど
「四十歳になれば」――群像新人文学賞・受賞の言葉
「先はまだ長いので」――野間文芸新人賞・受賞の言葉
「ぜんぜん忘れてていい」――谷崎賞をとったころ
「不思議であって、不思議でもない」――朝日賞・受賞のあいさつ
「今になって突然というか」――早稲田大学坪内逍遥大賞・受賞のあいさつ
「まだまわりにたくさんあるはず」――毎日出版文化賞・受賞のあいさつ
「枝葉が激しく揺れようと」――新風賞・受賞のあいさつ
自分の内側の未知の場所を探索できた
ドーナッツをかじりながら
いいときにはとてもいい
「壁と卵」――エルサレム賞・受賞のあいさつ
音楽について
余白のある音楽は聴き飽きない
ジム・モリソンのソウル・キッチン
ノルウェイの木を見て森を見ず
日本人にジャズは理解できているんだろうか
ビル・クロウとの会話
ニューヨークの秋
みんなが海をもてたなら
煙が目にしみたりして
ひたむきなピアニスト
言い出しかねて
ノーホェア・マン(どこにもいけない人)
ビリー・ホリデイの話
アンダーグラウンド』をめぐって
東京の地下のブラック・マジック
共生を求める人々、求めない人々
血肉のある言葉を求めて
翻訳すること、翻訳されること
翻訳することと、翻訳されること
僕の中の『キャッチャー』
準古典小説としての『ロング・グッドバイ
へら鹿(ムース)を追って
スティーヴン・キングの絶望と愛――良質の恐怖表現
ティム・オブライエンプリンストン大学に来た日のこと
バッハとオースターの効用
グレイス・ペイリーの中毒的「歯ごたえ」
レイモンド・カーヴァーの世界
スコット・フィッツジェラルド――ジャズ・エイジの旗手
小説より面白い?
たった一度の出会いが残してくれたもの
器量のある小説
カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと
翻訳の神様
人物について
安西水丸は褒めるしかない
動物園のツウ
都築響一的世界のなりたち
蒐集する目と、説得する言葉
チップ・キッドの仕事
「河合先生」と「河合隼雄
目にしたこと、心に思ったこと
デイヴ・ヒルトンのシーズン
正しいアイロンのかけ方
にしんの話
ジャック・ロンドンの入れ歯
風のことを考えよう
TONY TAKITANIのためのコメント
違う響きを求めて
質問とその回答
うまく歳をとるのはむずかしい
ポスト・コミュニズムの世界からの質問
短いフィクション――『夜のくもざる』アウトテイク
愛なき世界
柄谷行人
茂みの中の野ネズミ
小説を書くということ
柔らかな魂
遠くまで旅する部屋
自分の物語と、自分の文体
温かみを醸し出す小説を
凍った海と斧
物語の善きサイクル
解説対談 安西水丸×和田 誠

安西水丸和田誠がタッグを組んだら脱力感がはんぱない。ジャック・ロンドンの入れ歯の話(「人間がどれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なことなのだ」という教訓)、Norwegian Woodの最初のタイトルは"Knowing She Would"だったというエピソードもよかったけれど、安西水丸和田誠が対談で村上春樹のことを「二日酔いもしないし、肩こりもない。絵もうまいし、料理もうまい…。ピアノも弾けるし、マラソンをするスポーツマン。締め切りもきちっと守るし、字はカリントウみたいで読みやすい。」とほめ殺しているのもにくい。「いいときにはとてもいい」はその水丸さんの娘のかおりさんの結婚の祝電。

「かおりさん、ご結婚おめでとうございます。僕もいちどしか結婚したことがないので、くわしいことはよくわかりませんが、結婚というのは、いいときにはとてもいいものです。あまりよくないときには、僕はいつもなにかべつのことを考えるようにしています。でもいいときには、とてもいいものです。いいときがたくさんあることをお祈りしています。お幸せに。」

そんなわけで、結婚のことはおいといて、できるだけべつのことを考えていよう。いいときがたくさんあれば、そりゃいいよね。