まみ めも

つむじまがりといわれます

うそコンシェルジュ

げんちゃんが夏休み前に持ち帰ってきたあさがおの鉢植えが庭で野ざらしになっていたのが、雨続きの晴れ間に狂い咲きをして、26個の花をひらいていた。蝉はまだ鳴いているし、銀杏の実が地面をよごしているし、かと思えば野菜が正月かと思うくらい高値をつけているが新米は安くて、なんかむちゃくちゃな秋。ていうか秋なのか。副鼻腔炎がくすぶり続けて、二週間ぶり三度めの耳鼻科へ。アレルギーの検査をしてはどうかと提案をされたので、受けることにした。ぽちっとなで血をとって、結果はまた後日。朝に飲む薬、夕に飲む薬、朝夕に飲む薬、就寝前に飲む薬があり、それを考えるだけでちょっとくたびれてしまう。なんとなく辻褄をあわせて飲もう。

卜。

「うそ請負人」となったみのり、52歳の誕生日をひとりで静かに祝う佐江子さん、祖父の遺品の幸福な行先を探すえいちゃん…。日常の困ったことどもをやり過ごし、目の前の「今」を生き延びる力をくれる物語11篇。

第三の悪癖

誕生日の一日

レスピロ

うそコンシェルジュ

うそコンシェルジュ続 うその需要と供給の苦悩篇

通り過ぎる場所に座って

我が社の心霊写真

食事の文脈

買い増しの顚末

二千回飲みに行ったあとに

居残りの彼女

うそがうそを呼んで、といってもちょっと違ううその連鎖で、なんだこれは。あまりうそがつけないので、うそコンシェルジュに頼りたい気持ちはある。

婚礼、葬礼、その他

水曜にふみちゃん、木曜にふくちゃんが熱を出し、ふくちゃんは二年ぶり二度めのインフルエンザ。中一日でもうひとり発熱があり、こちらは診断はついていないが二年ぶり。2023年から毎年やられている。それにしても早すぎる。新米より遅く、さんまより早く、金木犀とドゥージェンと同時だった。土曜日の朝に下半身にいいようのないだるさがあり、よもやと思ったけれど、なんとか発熱はせずにいる。体調のよくないときのふくちゃんはそれはそれは芳しく、そういえばあかちゃんのときも、頭からイーストのにおいがするのが具合が悪くなる前兆だった。寝込んでいると骨がみしみしするらしく、うれしそうに、おかあちゃんちょっときて、と背くらべをさせられる。わたしまけましたわ。

卜。

友人の結婚式に出席中、なぜか上司の親の葬儀に呼び出されてしまったOLのヨシノ。彼女のてんやわんやな一日を描く表題作のほか、若者たちの群像小説「冷たい十字路」を併録。

いそうでいなそうでいそうな人たち。本当はこういう人たちがいるのだと思う。いま、どこかに、あることなのだろうなと思わせるリアルさがあって、そこに幾多の思いが交錯している。

エヴリシング・フロウズ

副鼻腔炎がくすぶっていて、一週間ぶり二度目の耳鼻科へ。サワシリンからクラリスになった。

ふみちゃんとげんちゃんの予定がほぼ一日あいている日曜日があったので、三人であらかわ遊園にいってきた。毎度どうなのかと思うデザインのいもむしコースターやあきらかな改善点の多いレギュレーション、あいそのない係員を含め、全体的に雑な雰囲気が好ましい。お昼はモスのハンバーガー、帰り際にフロートとソフトクリームを食べて帰ってきた。今度は飛鳥山公園でピクニックをしようと約束をした。

卜。

席替え、クラス替え、受験、引っ越し…。中学3年生の人間関係はつねに変わり続ける。大阪を舞台に、人生の入り口に立った少年少女の、たゆたい、揺れる心を繊細な筆致で描く。

ヒロシ、おまえ、あのときの…!!となった。世界中にちりばめられているような、スペシャルなことの起こらない日常をたたえたい。

夏への扉

とにかく眠くぼんやりと冴えない一週間だったのだけれど、結局副鼻腔炎になっていた。もともとぼんやりと冴えない自覚があるのに、上には上があることを知る。副鼻腔炎になるのは三回目にもなろうというのに、いつも気がつくのに時間がかかってしまう。今回は風邪っぽいなと思ってから耳鼻科にいくまでに17日かかってしまった。

卜。

ぼくが飼っている猫のピートは、冬になると「夏への扉」を探しはじめる。家にたくさんあるドアのどれかが夏に通じていると信じているのだ。そしてこのぼくもまた、ピートと同じように「夏への扉」を探していた。

八月の本として、図書館の入り口に展示されていたのを八月の最後の週に借りた。読み終えるまでに夏は終わってしまったようで、雨ばかり降っている。げんちゃんが里帰りで持ち帰ってきたかぶとむしと思われる幼虫はいつまでもかぶとむしにならないで冷凍睡眠してしまっているかもしれない。暑い暑いと前評判がすごかった夏は、あっけなかった。

新幹線から見えたすき家へカレーを食べに行く

こどもたちの夏休みがあけた。夏休みのあいだはげんちゃんとときどき宿氏のお弁当をつくっていたのが、新学期にせいちゃんのぶんが増えてみっつ。あしたから給食がはじまるとふたつに戻る。お弁当がバトンタッチしているあいだはふたりともが好きなおかずを入れる。きょうだいで好き嫌いがちがい、決まった野菜しかたべないげんちゃんは、給食のない夏休みのあいだに口内炎ができていた。最終日はリクエストにこたえてたこ焼きをおかずにした。

新学期の朝は荷物が多く、ランドセルのほかに手提げをみっつぶら下げて校門でわかれる。手提げの紐がやたら長くて地面につきそうにしながらよたよた校内へ歩いていくうしろ姿をみながら、ふつうの母親ならこんな不自由な手提げは持たせないのだろうと思う。

夏休みだし、力の抜けたものが読みたくて帰省の荷物にいれた。プールサイドで、うとうとしながら読む。スズキナオを読むと、知り合いのひとりに似た雰囲気が立ち上がってきて、彼に会っているようなうれしさがある。新幹線から見えるすき家へカレーを食べに行くようなひとが知り合いにいるのは、ちょっといい気分がする。

あの人と、あのとき、食べた。

夏休みがあっという間におわってしまった。プールとプールとビールと水族館と東尋坊。恒例のプールサイド読みをしながらうとうとしてるとき、この時間が永遠ならよいのにと思う。有線放送で聞き覚えのある歌をききながら、なにかわからないままにしておく。

ト。

みんなで食べたお正月のうどんすき、夏のしゅわしゅわの喜び、イギリスで出会った個性的な店主たち、父のお気に入りだった牛肉とトマトの炒め煮…。忘れられない人々との「食にまつわる記憶」を描きとめたエッセイ集。

食べものの思い出はすべてノスタルジーだなと思う。お母さんがはじめてホットケーキを食べた日に、ケネディ大統領が暗殺されたという話を思い出した。もっと覚えておくべきことがあるはずなのに、こういうことばかりが記憶の容量を支配している。といいつつ、忘れたくないとも思っていたりして。

がんばれヘンリーくん

10日ぶり二度目の整形外科へ。なんらかのごたごたがあったらしく、この間とは違うお医者にみてもらう。股関節の痛みがだいぶおさまっていることを告げると、もう安静にはしなくてよく、これからはできるだけ左を使ってくださいといわれる。左をうまく使えていないから変な力がかかって腱に炎症がおきるとのこと。台所仕事や歯ブラシをしながら左だけで立ってみたりする。うまく使えている気はぜんぜんしない。痛み止めをきらすと、鈍い痛みがもどってくる。

引っ越しをして、よその庭に百日紅が咲いているのをみると、ぐっとくるものがある。前の家の庭にあった百日紅をかなりにくからず思っていた自分に気がついてしまった。

卜。

ヘンリーくんは小学三年生。どこにでもいる、ごくふつうの男の子です。ある日、街角でやせこけた犬を拾い、こっそりバスに乗せて家までつれて帰ろうとしましたが、とちゅうで犬があばれだして大さわぎに…。それいらい、ヘンリーくんのまわりでは、次つぎにゆかいな事件がおこります。

ヘンリーとアバラー

百万びきのグッピー

ヘンリーと夜のお客さま

みどりのクリスマス

うすもも色の犬

ひろったものはその人のもの

そろそろかと思い、げんちゃんとヘンリーくんシリーズをよみはじめた。数年ぶり四度目に出会うヘンリーくん。ちょっと早かったようで、読み聞かせをしている。読み聞かせははじめてで、目で読んでいたときには気づかなかったおもしろさと読みにくさがある。おもしろいところは二回声に出したくなる。アバラーをいれた箱に書いてあったフレーズとか。いつか原文でも読んでみたいと思う。