まみ めも

つむじまがりといわれます

全員悪人

ふくちゃんのお弁当のため、五時に目覚ましをセットする。リクエストのおかずをお弁当の絵の中に描いてもらって、その地図を頼りにおかずを詰めていく。

ブロッコリー

トメートー

きん玉ご

きん玉ご

てりやき

バターコーン

にん人

ごはん

のりたま

ニンジンに人の字が入ることはわかっていた模様。人が参ると書いてニンジンはたしかにちょっと難しい。お弁当箱はきれいに空っぽになって返ってきた。

全員悪人

全員悪人

Amazon

ト。

家族が認知症になった。悪気はない。それでも周囲に迷惑をかけてしまう。家族以上に戸惑い、苦悩しているのは本人なのではないか。認知症患者の不安や苦しさを「当事者」の目線で描く。

理子さん、よくやってると思う。

パチンコ

帰省から戻ってきた休み明け、せいちゃんとふくちゃんは家の鍵をランドセルに付け替え忘れ、荷物を玄関先に放り出してお友だちの家にお世話になっていた。ランドセルと手提げが門の内側に散らばっている。思わず写真を撮っておかあさんに送ってみたら、なんてこった!という返事がきた。なんてこったの正しい用法。

ト。

1910年、釜山沖の影島。キム・ソンジャは日本との貿易を生業とするハンスの子供を身ごもる。彼に妻子がいることを知り、苦悩するソンジャに若き牧師イサクが手を差し伸べ、2人は大阪の鶴橋に渡り…。

戦中の大阪を生き抜き、2人の息子を育てあげたソンジャ。そこへ日本の裏社会で大きな存在感をもつハンスが現れる。長男ノアは自分の実の父親がハンスだと知り…。4世代にわたる在日コリアン一家の苦闘を描く。

ドラマだけれどドラマじゃないところがよかった。

辺境・近境

三回忌で実家に帰った。親戚がわやわや集まり賑やかに過ごす。とんぼが人懐こくまわりを飛び、月蝕があり、そういえばおとうさんが死にそうになりげんちゃんをだっこして新幹線に飛び乗ったときにも丸い月をみたのだったなと思い出した。あのときのおとうさん、熱があるのに手足がびっくりするほど冷たくて頼りない思いがした。命日におとうさんのふるい友人が会いにきて、おとうさんのシャツを持って帰ってくれた。頼りないままでなんとかやっています。

エフ本。

1990〜97年、瀬戸内海の無人島に渡り、メキシコでバスに揺られ、モンゴル平原の戦場跡を訪ね、北米大陸を横断し、香川で讃岐うどんを食べ、震災後の神戸を歩く。多彩な旅を綴ったロード・エッセイ。

日本国内の近境のほうが異境の感が強い。うちの実家のあたりにはコシもへったくれもないといううどんがあるのだけれど、コシのないうどんも含めて郷愁というものが形づくられている。

ラモーナ、八歳になる

日曜にみんなではま寿司に行き、ファンタやカルピスやりんごジュースやビールで乾杯をした。お父さんのわさびなすをひと皿。その夜ふーたんが体調を崩して週明けはお休みをし、ひと騒ぎののち浣腸をし、やわらかく煮たうどんとプッチンプリン安房直子のお話を読み、大豆田とわ子となに食べを見て過ごした。昨日バナナとトーストを食べてひと眠りしたら元気が出たらしく、何かを取り戻すようにしきりに喋っている。二歳ぐらいのときは静かな子で、自転車の後ろに乗せているとずっとだんまりしているので心配になり、何度も呼びかけたものだった。

ト。

「みんながラモーナをたよりにしているんだ」おとうさんはクインビー家の将来はラモーナにかかっているといいます。でも、ゆでたまご事件をおこしたり、見せびらかし屋さんでやっかいな子だといわれたり・・。小学校3年生の人生もそんなに楽ではありません!

ラモーナだってもう八歳だ。だけど八歳のラモーナには、ページをひらけばいつでも会える。

 

熱風大陸

「あなたのための短歌集」が父の三回忌がもうすぐという頃に届いた。「メダカを両手で掬い上げるようにして」作られた短歌たち。わが家のめだかたちを掬い上げるときの切実な気持ちを思う。透明だった二匹のしっぽちゃんは少しずつ少しずつ実体を濃くしながらジャムの空き瓶や佃煮の空き瓶の中をツイツイ泳いでいる。気持ちの準備ができたらページをめくり、百人のあなたに向けたことばたちに出会いたい。

エフ本。

熱気70℃、死の灼熱以外何もないオーストラリア砂漠。アラン・ムーアヘッドの『恐るべき空白』に魅せられたぼくたち、あやしい探険隊は、4WDを駆ってアデレードからダーウィンをめざして内陸縦断の旅に出た。見わたすかぎりの地平線、これこそ狂気的広大の極北。なんだか熱い胸さわぎがしてこないか?

なんだか熱い胸さわぎがしてこないか?と誘われてしまったけれど、恐るべき空白のあらすじが無茶苦茶で大変なドラマだった。海をみなかった人たちに思いを馳せてページを閉じた。

風はいずこより

朝、最寄りの駅のホームに降りていくと、上がりの電車のホームドアのわきに立って、イヤフォンで音楽を聴きながら、手を叩き、ときに振り上げ、はげしくのっている女の人がいる。つい目を奪われてしまう。電車がきて、周りの人が乗り込んでも、やり過ごす。一体何本の電車をやり過ごすのだろうと思いながら、出社の時間が迫るので見届けることができない。朝のみんなが慌ただしい駅のホームで、そこだけ異次元になっていて、そちら側はどんな風ですか。

エフ本。

愛、信仰、人生とは…。出会いの感動を通して、あなたに語りかける。単行本未収録エッセイ多数。

三浦綾子を読むと、信仰のなさをありありとつきつけられる。三浦綾子がなんと言おうと信じることができない。才能がない。

黒百合

朝、遊歩道を通らずに公園を抜ける道をいくと、噴水のわきで歌をうたっている人たちがいる。ギターを鳴らす人と、車椅子の人と、お年を召したかたたちが六、七人で集い、ちょっと離れた手すりのところに犬が一頭つながれている。このあいだは、真赤な秋、その次は、明日があるさ、今日は、歌の合間でなんの歌かわからなかった。ふるえる歌声をきいていると「素敵な宇宙船地球号に乗り合わせたわたしたち」という一途な気分がしてくる。

エフ本。

「六甲山に小さな別荘があるんだ。きみと同い年のひとり息子がいるので、きっといい遊び相手になる。一彦という名前だ」父の古い友人である浅木さんに招かれた私は、別荘に到着した翌日、一彦とともに向かったヒョウタン池でひとりの少女に出会う。夏休みの宿題、ハイキング、次第に育まれる淡い恋、そして死。1952年夏、六甲の避暑地でかけがえのない時間を過ごす少年たちを瑞々しい筆致で描き、文芸とミステリの融合を果たした傑作長編。才人が到達した瞠目の地平!

エフちゃんの貸してくれるミステリにはいつも見事に裏切られる。