金曜はセイちゃんの卒園式だった。伊勢丹でそろえたシャツにジャケットに短パン、蝶ネクタイをしめて、シルバーのスニーカー、髪もワックスでツンツンにした。前の日、おいらあしたはきめるから、あさはみがきするよ!と意気込んでいたけれど、歯磨きはしていなかった。ひとりひとり証書を受け取り、おとうさんやおかあさんにひとことずつ言葉をおくるというセレモニーで、セイちゃんは「おかあちゃんいつもごはんをつくってくれてありがとう」といって、ギューっと抱きついてきた。自分のセレモニーでは卒業式も結婚式もことごとく泣かないできたのに、わが子のセレモニーでは泣いた。よその子を見ても泣いた。セイちゃんも泣いたらしい。こどもながらに取り返しのつかないことを理解している。わたしはいつだってずいぶんあとになってから取り返しのつかない日々だったことに気がついた。
今朝はもう3月も終わりというのにみぞれが降った。遊歩道の植え込みに咲いているパンジーが、みぞれの重みで震えていた。
- 作者: 開高健
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1979/12/27
- メディア: 文庫
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読書の楽しみを語り、現代の風俗を諷刺し、食味の真髄を探り、釣りの薀蓄を傾け、世界の美酒・珍酒を紹介し、人生の深奥を観照する。―鋭い洞察が溢れ、ユーモアとウィットに富み、自ずと人柄のにじみ出る絶妙な語り口は読者を魅了せずにはおかない。「男の収入の三分法」「面白い物語はまだまだある」「釣るのか釣られるのか」「酒の王さまたち」など珠玉64編。
開高節炸裂でまったく閉口していない。そして病はいよいよ深くなる。