まみ めも

つむじまがりといわれます

赤と黒

赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)

赤と黒 (上) (光文社古典新訳文庫 Aス 1-1)

赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)

赤と黒(下) (光文社古典新訳文庫)

コーヒーカップから湯気がたつようになった。漫然と日々を消化するだけのわたしにはコーヒーの湯気など目にはいっていなかったが、朝食のとき、セイちゃんが、かーちゃん、モクモクがでてるよ!、とコーフン気味に教えてくれて、それで、こんな生活のなかにも季節のうつろいが入りこんできていることを知り、呆れるというのか、ウンザリするというのか、秋のセンチメンタルは年々持ち重りしてくるようだ。挨拶もなしに鼻腔にとびこんでくる金木犀のにおいに否応無しで胸をギュッとしめつけられて、心地よさとさみしさの比率が、どんどんさみしさに偏っていくみたい。センチメンタルの押売りお断り、と、ポストのとこにでも貼り紙してやりたい。
なんとなくまとまった読み物をやりたくなり、義父の本棚から持ち出してきたスタンダールをひらく。野崎歓訳のあたらしいジュリヤン・ソレル。上巻、ありがちな貞節の人妻とナイーヴで打算的な家庭教師の不倫に終始するんでいらいらしたが、下巻で「自尊心の権化」マチルドが登場したらおもしろくなり、ラストは一挙にサロメ的展開をみせるのだった。マチルドは「わたしを好きな男なんて好きくない」というこじらせた中学生女子みたいな自尊心を全開にして気持ちのよいほどにツンデレし、悲劇的結末をこれほど健康的にやれる女はいないだろうとおもった。愛する男の首をかかえることでマチルドの恋は動かしがたいものとなり、その完全さにうたれてマチルドは究極のエクスタシーに到達する。世界のど真ん中に自分がいすわっているマチルドと、世界のど真ん中にジュリヤンがいすわっているレナール夫人、さいごにはこのふたりの恋と愛がぶつかり合い火花を散らしながら消えてった。