風邪をひいて二週間というもの、味覚がほとんどなかった。食事は温度と食感があるのみで、甘みも苦みもしょっぱさもあったもんではない。ぶりかまを焼いて、つつきながら、きっとこれはおいしいんだろうなあと思いながら食べるかなしさと言ったらない。イワン・デニーソヴィチの啜ったスープは具の乏しい貧相なものだったが、彼には鋭敏な味覚が備わっていたので、立派なご馳走だったが、お皿がどれほど豪勢でもお粗末な味覚ではどうしようもない。元気をだそうと好きなドーナツを買ってみたが、そのドーナツも無論のこと味がないので、いよいよしょげてしまった。
きのう、ちかくの公園でサッカーボールを蹴っていたセイちゃんが、公園でごはんを食べたいというので、そこらのローソンで菓子パンやサンドイッチ、からあげクンを買い込み、噴水を眺めながら食べたときに、ふいに味覚が戻りはじめていることに気づいた。青空のしたで味覚のよろこびに溺れる。気分はまさしくイワン・デニーソヴィチ。長期にわたる味覚の不在がイワン・デニーソヴィチを可能にすることを発見した。
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