まみ めも

つむじまがりといわれます

山田さんの鈴虫

虫かごの鈴虫の餌は二日おきくらいで変えてやる。朝ごはんに、実家から送ってきたりんごを、こどもたちに兎に剥いたりすると、その切れ端を刻んで爪楊枝にさしていれてやる。宿六が素焼きの壺を割っていれてやり、炭もはいり、居心地はよさそう。あれから雄が一匹しんだ。そのせいか、前ほど鳴かなくなった。土を側からのぞくと、細長い卵がいくつか見えるので、うまいこといけば、卵が孵るところをみられるかもしれない。留守にして帰ったときに玄関でりんりんがきこえると、それまでさみしかった自分に気づかされるような気がする。コオロギがリリリと鳴くのを聞いていると心が沈んでいくからリリシズムと谷内六郎が書いていたが、鈴虫がりんりんいうのもなかなかのリリシズムだと思う。

山田さんの鈴虫

山田さんの鈴虫

「山田さんの鈴虫」の単行本はブックオフで108円。新聞連載の切り抜きが三枚はさんであった。うちひとつに「13.5.12Y夕」とメモ書きがあるのは、平成13年5月12日の読売新聞夕刊という意味だろう。夏に読みはじめて、中断してベッドのわきに起きっぱなししていたのを、鈴虫が家にやってきたときに、ここぞとばかりにうれしくなってひっぱりだす。マオリ族を祖先に持つ庄野潤三が、相変わらず似たような日々を暮らしている記録。もちろん鈴虫の「おともだーち」のことも書いてある。なにげない文章のしんしんとしたうつくしさが、やわらかな光を放つ。
「玄関の椎の木のよこの椿が紅い花を咲かせている。咲いたまま、地面に落ちる。」
「庭の山もみじの細い枝の先に出た芽がひろがり、葉のかたちになってゆく。」
「満開の海棠の花びらが散り始めた。根のまわりに淡紅色の花びらが散っている。山もみじの枝の先の芽もひろがる。」
「庭に面した硝子戸にピアノを弾く妻と椅子に腰かけたこちらの姿が映っている。」