虫かごの鈴虫の餌は二日おきくらいで変えてやる。朝ごはんに、実家から送ってきたりんごを、こどもたちに兎に剥いたりすると、その切れ端を刻んで爪楊枝にさしていれてやる。宿六が素焼きの壺を割っていれてやり、炭もはいり、居心地はよさそう。あれから雄が一匹しんだ。そのせいか、前ほど鳴かなくなった。土を側からのぞくと、細長い卵がいくつか見えるので、うまいこといけば、卵が孵るところをみられるかもしれない。留守にして帰ったときに玄関でりんりんがきこえると、それまでさみしかった自分に気づかされるような気がする。コオロギがリリリと鳴くのを聞いていると心が沈んでいくからリリシズムと谷内六郎が書いていたが、鈴虫がりんりんいうのもなかなかのリリシズムだと思う。
- 作者: 庄野潤三
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2001/04
- メディア: 単行本
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「玄関の椎の木のよこの椿が紅い花を咲かせている。咲いたまま、地面に落ちる。」
「庭の山もみじの細い枝の先に出た芽がひろがり、葉のかたちになってゆく。」
「満開の海棠の花びらが散り始めた。根のまわりに淡紅色の花びらが散っている。山もみじの枝の先の芽もひろがる。」
「庭に面した硝子戸にピアノを弾く妻と椅子に腰かけたこちらの姿が映っている。」