火曜の朝はキンキンに刺さるみたいだった。この冬一番の冷え込みだったらしく、8時を過ぎるまで氷点下だった。関東のかわいた寒さはいつまでたっても慣れない。目が覚めてからふとんを出るまでしばらくためらう。セイちゃんとフクちゃんが両わきをかためてくれているので、ふとんのなかはしっとりあったかくなっている。「ふとんのなかには深くて柔らかくてひっそりした、このうえなく親しい闇があって、どんな苦痛も緩和できるのだが、誰にでもあっけなく剥がれてしまうので、はかない思いをさせられる」という開高健の書いたことばを思い出しつつ、剥がれるわけではないけれどはかない思いで隙間から身をよじらせながら起き上がり、ふとんの上のくつしたをとりあげ、履いて、フリースの上着をはおって、階下におりてエアコンのスイッチをいれてお湯をわかしてすすりながら朝のしたくをする。それでも日の出が早くなって、外が明るいのでしんどさはだいぶ違う。7時にはカーテン越しに光が透けてきてぼやけていた世界の輪郭が少しずつしっかりしてくる。家族を起こしてお湯に牛乳を足してあたため、ココアにする。
- 作者: 久生十蘭
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1997/05
- メディア: 文庫
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解説に、土岐雄三が十蘭の口述筆記ついて書いた文章が載っていた。
「彼は部屋の端にねそべり、片肘を枕に、朱羅宇の長煙管で刻みタバコをくゆらせ乍ら、一章一句を口にする。私はそれを原稿に書くのだが、十蘭のさまは、なにか歌舞伎の舞台のようにカタがきまっている。気取っているといえばいえようが、それが十蘭生得の演技であった。」