まみ めも

つむじまがりといわれます

どくとるマンボウ医局記

鶴見俊輔阿川弘之もあっち側へいってしまった。鶴見さん93歳、阿川さん94歳。新聞の死亡記事を切り抜いてマルマンのクロッキー帳に貼りつける。それから文藝春秋「私の死亡記事」でふたりのフィクションの死亡記事を読み返す。阿川弘之の死亡記事には、「知人の通夜、葬式、偲ぶ会に何百回出たか分らないが、その大半はお義理だつた、せめて自分の時、人にああいふ思ひをさせたくない、ああいふ顔つきをして貰ひたくない」ので、弔問供花弔電香料の儀はいずれもことわる旨が書かれている。今朝の新聞の死亡記事では、葬儀・告別式は近親者のみとなっているが、後日お別れの会を開くとのことで、三途の河の向こう岸で苦虫顔をしている阿川さんが目に浮かぶ。ついでに「私の死亡記事」には

当人の希望により、柩は軍艦旗で覆ひ、子供たちが海軍礼式曲「命を捨てて」を奏する中を、ひそかに送り出してやりました。

とあるのが海軍贔屓の阿川さんらしいセレモニーだけれども、実現したのか、どうか、不謹慎ながら気にかかる。

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慶応病院神経科に入局したマンボウ氏が直面したのは、医局にたむろする奇人変人の医師たちの途方もない生態と愛すべき患者たちのおかしげな行為の数々だった。しかも、ヤブ医者を自認するマンボウ氏の奇人ぶりは、彼らすべてを凌駕していた…。あまたの精神病者に誠心誠意接するうちにマンボウ氏が文学者の目と躁病者のつねならぬ直感でとらえた、驚くべき人間認識。

精神科医にして患者であり、流線型のこぶりなペニスの持ち主(本人談)であるマンボウ氏の医局エッセイ。医局話ではないけれど、躁病期の北杜夫が、吉行淳之介との対談後にバーに乗り込んだときの話がおもしろい。たまたまそのバーに星新一が居合わせて、ふたりが凄まじい口喧嘩をし、躁病の北杜夫VS酒乱の星新一、ホステスによると、北杜夫が口の片方から泡を吹き、星新一が口の両側から泡を吹き、その飛沫が顔にとんできたらしい。そのホステスがうらやましいような気もしないでもない。
北杜夫によると、悪妻をもつと偉くなる人が多いという話で、たとえば文壇でいえば漱石や鴎外、開高健なんかも悪妻だったといわれている。ということはうちは良妻なのかもしれない。ところで室生犀星は「杏っ子」でこう書いている。

えらい人というものにはそれぞれ癖があって厭なものさ、平凡で人間としては爽かな男が一等いいんだよ、えらい奴には飽々するよ、えらくない男は少しずつえらくなることに無上の愉しさがあるね

少しずつえらくなるかどうかはわからないけれど、えらくないせいなのか今のところ飽きずにやっている。少しずつえらくなるところはまだみていないので、無上の愉しさはこれから味わえるかもしれないし、味わえないままかもしれない。