大寒の翌朝は雲がたれこめて寒かった。耳にイヤホンをつっこんで、シガーロスをきく。北陸を思い出すような重たいのしめった空にはシガーロスがよく似合う。北陸に暮らしていたころはなんとも思わないでいたけれど、関東にくると冬が本当にドライで、かつての小沢健二の軽薄な音楽は東京の冬にぴったりする。マフラーを巻いて、街へ出て、恥ずかしながらも行ったり来たりしたくなる。そんな関東の明るい冬に、ひょっこりうすら寒い重い日があると、いそいそとシガーロスを聴いてひとり雑踏のなかでノスタルジーに浸る。寒いので、マフラーをぐるぐるに巻いてニットの帽子をかぶり、マスクをつけた上からイヤホンをつかうと、ひも状のものの整理がつかなくなって、こんがらがって、いつもはずす順番がわからなくなる。そういう不器用さは、なんの役にも立たないがなくさずに持っておきたい気がする。
- 作者: 筒井康隆
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1991/05/10
- メディア: 文庫
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