まみ めも

つむじまがりといわれます

白い国籍のスパイ

家のごはんの余りものをタッパーにつめて、いつも簡単な昼めしにしているが、月曜の朝に駅まで走ったら、三種のおかずが渾然一体、よりによってお好み焼きと大根の焼きつけたのとセロリのマリネ、においも凄まじかった。急いで食べて蓋をして、インスタントコーヒーをマグカップにつくり、啜りながら本をめくる。

白い国籍のスパイ〈上〉闇の部 (ノン・ポシェット)

白い国籍のスパイ〈上〉闇の部 (ノン・ポシェット)

白い国籍のスパイ〈下〉光の部 (ノン・ポシェット)

白い国籍のスパイ〈下〉光の部 (ノン・ポシェット)

最後の晩餐でスパイの食事に言及があったときに引き合いに出されていた小説を図書館で予約。「諜報員トーマス・リーヴェンの冒険と料理法の記録」で、スパイ小説に、料理好きの主人公(スパイ)が作中で拵える料理のレシピつき。レシピにいちいち添えられたタイトルがいかすので列記する。

この晩餐で七一七八五○スイス・フランが転がりこむ
この料理でトーマス・リーヴェンはスパイになる決心をする
この献立でフランスの通貨政策がゆさぶられる運命に陥る
鍋料理でトーマス・リーヴェンは、ドイツの将軍を手玉にとる
トーマス・リーヴェンの卵料理は“黒いヴィーナス”といわれたジョセフィン・ベーカーを魅了する
この料理を食べて美貌の領事夫人は陥落する
この料理を食べて旅券偽造人は最高の腕前を発揮する
トーマス・リーヴェンがハンガリア料理をこしらえているとき、危機を脱け出すいい知恵が浮かぶ
家庭料理のように簡素だが、大胆な策略を断行する前にスタミナをつけるにはもってこいの食事
熱い怒りを鎮める冷たい食事
トーマス・リーヴェンは、羊の腿肉料理で女性の口を軽くする、
風変わりなきのこ料理が数百万フランに匹敵する効果をもたらす
トーマス・リーヴェンの鴨料理は深い友情の礎となる
グロテスクな料理でトーマス・リーヴェンは命拾いする
宝石と白金をちょろまかす詐欺師の養成をトーマス・リーヴェンは食事作法のしつけから始める
この料理で饗応しながらトーマス・リーヴェンは悪魔の提督と契約を結ぶ
トーマス・リーヴェンは狂犬のように猛々しい曹長を柔かく料理する
トーマス・リーヴェンが料理の腕をふるえば、パルチザンさえおとなしくなる
魚料理を食べる前に、65人の人命を救う妙案が浮かんだ
トーマス・リーヴェンの闇市作戦はハム料理で始まる
トーマス・リーヴェンは魚と金髪の乙女を救う
ピリッと辛い料理で数百万フランの不正事件が一挙解決
プロシア料理の食卓で、王女は不審な挙動を見せる
トーマス・リーヴェンの養生食が、ある男を破滅に追いやる
仔豚の料理を食べながら、トーマス・リーヴェンは大きな豚を仕留める決意をする
今日でも食べられる料理だが、当時この料理が、トーマス・リーヴェンに悪の親玉をつかまえさせた
“ロシア風”で、トーマス・リーヴェンは、戦後初の大仕事をする
米軍人のために料理したとき、トーマス・リーヴェンの胸は妖しく燃えあがった
この食事のあと、バイエルンの占領軍政当局は、危く壊滅するところだった
鷄料理とともに、ソ連将校の妻ドーニャが、トーマス・リーヴェンの人生に割りこんでくる
3人のろくでなしが、トーマス・リーヴェンの献立で喉を詰まらせる
トーマスは、アメリカのために料理し、死ぬことを決心する
この料理で、トーマスは当代最高のソ連スパイをつかまえる
リーヴェンのシャンペンをかけた腎臓料理は、高官連の高ぶった気持ちさえなごませた
この料理の取りもちで、本書が世に出ることになった

手の込んだ料理が多かったが、「この料理を食べて美貌の領事夫人は陥落する」に出てきたオイル・サーディンのトーストぐらいならやれそうなのでここにレシピを記しておきたい。
トースト、オイル・サーディンのせ
大きめの極上のオイル・サーディンの皮と骨を取り、その罐詰(瓶詰)の油で手ばやく両面をいためる。焼きたてのトーストにのせ、輪切りのレモンではさみ、食卓に出す。食べるとき、レモン汁をたらし、コショウを少しふりかける。
美貌の領事夫人にご縁はないが、こんな料理をちゃちゃっとスマートにやれたら、かなりセクシーなのではないか。ちなみに、この本はものすごくおもしろかったけど、振り返ってみるとなにも覚えていないという類のやつで、開高健は、本当のご馳走は満腹がなくいくらでも食べられるといっていたが、この本もご馳走みたいに泡のように弾けた。