まみ めも

つむじまがりといわれます

掌篇歳時記 春夏

「う」 が安くなっていたので、思い切って一尾買って週末にちらし寿司をした。塩もみのきゅうり、いり卵とうなぎを混ぜこみ、おとなはあとから青じそとみょうが、山椒を足す。高山なおみは日々ごはんのなかでうなぎのちらし寿司にゆかりを入れていて、おっと思ったけれど、もったいなくてできなかった。

プチトマトを箱買いして、せっせと勘定する。最後のあたりで数えたのが400か500かわからなくなってしまい、50個の重さをスケールではかったら270グラム、全体の重さはキッチンスケールでは追いつかなくて、袋を抱えて体重計にのったら2.7キロあった、つまり全部で555個。324円也。ゆたかな気持ちになって、料理をしながらぷちぷちといくらでもつまんでしまう。おさない頃、いやになるほどトマトを食べたいと思っていた。でも、いくら食べてもいやにならないのでいやになる。半分に割ったプチトマトをたっぷりのオリーブ油とバルサミコ酢とすこしのはちみつとシェイクしたソースを作り、水でしめたスパゲティにからめる。乾燥のバジルをふりかけて食べる。そこに残ったソースがすっぱ甘くて啜ってしまう。

お盆をすぎたあたりから夏の終わりが始まっている。大きな5時半の夕焼けは夏じゃないなとふと思った。

ト。

麋角解(さわしかのつのおつる)、東風解凍(とうふうこおりをとく)、桃始笑(ももはじめてわらう)…。古来伝わる「二十四節気七十二候」に導かれ、橋本治ら12人の手練れがつむぐ匂やかな小説集。『群像』掲載を単行本化。

麋角解 瀬戸内 寂聴

雉始【ナク】 絲山 秋子

鶏始乳 伊坂 幸太郎

東風解凍 花村 萬月

土脉潤起 村田 沙耶香

桃始笑 津村 節子

雷乃発声 村田 喜代子

虹始見 滝口 悠生

牡丹華 橋本 治

蛙始鳴 長嶋 有

蚕起食桑 高樹 のぶ子

腐草為螢 保坂 和志

夏が終わる前にと思ったけれど、だいぶ手遅れだった。腐草為螢でさえ六月のなかば。ことしの七十二侯を調べると、わたしの誕生日は水泉動、ふくちゃんは虹始見、せいちゃん牡丹華、げんちゃん紅花栄、ふーたん温風至、やどが朔風払葉だった。

村田沙耶香村田喜代子、よかった。なにもかも忘れて山にこもり、ぽう、とだけ言ってみたい。

父と私の桜尾通り商店街

金曜、かがやき532号で浦和に戻ってきた。ならびの席みっつに、五人で。帰りに駅前のバーガーキングでソフトクリームをなめ、青物屋で買い物をすませると、一気に生活がまわりだす。帰宅即麦茶をいれ、米を炊き、夜はレトルトのカレーライスとハヤシライス。父は中心静脈栄養とタルセバでがんばっている。アルブミン1.7g/dlでかなり低く、酸素吸入もとれないでいる。小学校の給食がはじまり、お昼のしたくはお役御免。くるみ入りの食パンをがりがりにトーストし、あつあつのところにマーガリンを塗ってしみこませ、6Pチーズをちぎって、生ハムをかぶせて、かじりつく。

父と私の桜尾通り商店街

父と私の桜尾通り商店街

 

ト。

桜尾通り商店街のはずれでパン屋を営む父と、娘の「私」。コッペパンをサンドイッチにして並べはじめたことで、予想外の評判を呼んでしまい…。『文芸カドカワ』等掲載に書き下ろしを加え単行本化。

白いセーター p5-51
ルルちゃん p53-79
ひょうたんの精 p81-106
せとのママの誕生日 p107-143
モグラハウスの扉 p145-185
父と私の桜尾通り商店街 p187-235 

今村夏子はどれを読んでもぐっとくる。世界のはじっこ、こぼれおちそうなところにきっといる人が描かれていて、しかも、ひょっとしたらこれは自分じゃないのと思ってしまう。

ピアリス

日曜についに、治療をやめますかと医者にいわれた。誤嚥性肺炎になり、いまは酸素を吸っている。肺炎が落ちついたら、ラストチャレンジでタルセバをやる。胃瘻もうまくいかず、高濃度の点滴を首から入れる処置をやったらしい。運転もできずこども四人かかえてまったくもって戦力外なので、床を拭いたり、かぼちゃを牛乳で煮てスープにしたり、サンドイッチをこさえたり、すいかやうりを切ったり、母屋に遊びにいったりし、ときどきお見舞いにいくけれどもなす術なし。日曜の夜、山の端から出てきた月が、線香花火の火球のようにオレンジで空に浮いている。沈む月ではなく、のぼる月だったことにほっとする。きょうの昼間は星稜と履正社の決勝を応援し、夜は母屋でお好み焼きと焼きそばとりくろーおじさんのチーズケーキをわいわい食べた。取り壊しを待つふるい家に雨の合間にふとんを運び入れておいたので、板の間にこどもたちと五人で寝そべる。みんな寝たあとで、車庫に放られていた宮本武蔵の文庫本を風呂読み。ちいさいころに散々あそんだ階段に腰かけて、スーパーカップ超バニラをなめる。いろんなものがうつろっていくことに、あらがいたい気持ちだけを持て余す。

ピアリス

ピアリス

 

ト。

過去が見えるピアリス。未来が見えるユーロ。幼い頃生き別れになった双子の数奇な運命の物語。萩尾望都が90年代に執筆した幻のSF小説を、カラー扉と多数のイラストとともに初書籍化。著者インタビューも収録。

ユーロ シモン修道院

ピアリス 「9×7」

ユーロ カルカーシュの予言者

ピアリス 青いリンゴの木

萩尾望都インタビュー-巻末特別企画-

おわりのないSF小説

シコふんじゃった。

ままならないことが増えていく。父は胃瘻がうまくいかず、日に日に衰える。ナースコールを手にとって呼ぶこともできなくなり、なんとか押せる方の手にボタンを握りしめて過ごしているらしい。相変わらず死の棘している母はままならない父にも苛立ちがつのり、きょうは看病をボイコットして長野まで車を走らせ道の駅でりんごを買ってきた。カーッときたときの母の目はやばく、ままならないながら父の目は冴えている。どうにかしてやりたいがどうにもならない。母がいなければ見舞いにもいけない。夜、こども四人を寝かしたあとで、スーパードライと柿ピーを一気に流し込み、ひっそりと泣く。

ふくちゃんがじいじに書いた手紙。

じいじはそとにでれないけどぼくはでれるよ。だからいまからじいじにそとのことをおしえてあげます。いまのいしかわはちょっとむしあつくってすごくかえるがおおいよ!いままであそんでくれたりおすもうのとっくんとかいっぱいやきとりをたべたりしたよね。ぼくもできるだけがんばるよ。

せいちゃんも、起きぬけにじいじのかなしい夢を見たらしく、泣きながら目を覚ましていた。

シコふんじゃった。

シコふんじゃった。

 

ト。

「ファンシイダンス」の周防正行が、ひょんなことから廃部寸前の相撲部に入るハメになった大学生の奮闘をコミカルに描いたスポ根コメディ。父親のコネで就職も決まっていた教立大学4年の秋平は、ある日、卒論指導教授の穴山に呼び出され、授業に一度も出席しなかったことを理由に、卒業と引き換えに穴山が顧問をする相撲部の試合に出るよう頼まれる。しかし、その相撲部にいたのはまだ一度も勝ったことのない8年生の清水ひとりだった……。

夏休みで暇を持て余し気味のこどもたちと。1992年のモックンのまわし姿がとてもいい。

帰ってきた日々ごはん〈1〉

実家にもどったなりで出ばなをくじかれてしまい、世界からはじかれていた自分を思い出す。炊きたてのごはんのおいしさにむなしくなってしまい、おかわりを二杯した。ぷよひめという名前のトマトに親近感をおぼえたけれど、ぷよではあってもひめではない。ひょっとしたらぷよなんてかわいいぶった擬態語からもはじかれている。根深いコンプレックスに再会、じゃない方のみなさん、どうぞよろしく。

帰ってきた 日々ごはん〈1〉

帰ってきた 日々ごはん〈1〉

 

ト。

「日々ごはん」からとぎれることなく続いていた、人気料理家・高山なおみの日記エッセイ。公式ホームページ『ふくう食堂』『小説新潮』等に掲載した2008年11月〜2012年9月までの日記を加筆修正。おまけレシピつき。

「ココアどこわたしはゴマだれ」できゃぴきゃぴした高山なおみにあてられてしまい敬遠気味だったけれど、久しぶりに読む気になった。帰ってくる前の日々ごはんを知らないので、誰が誰やら。庄野潤三を読みはじめたときも、そういえばこういう内輪ぶりにおいてけぼりをくらったっけ。料理研究家のわりに食卓に気負いがなくスーパーのおそうざいで済ませていたりするのがよい。おかずに、(いつぞやの)とあるのも好ましい。レシピはないけれど鰻のちらし寿司をやってみたい。ゆかり、いれちゃうんだ?

鰻のちらし寿司(いり卵、みょうが、胡瓜、新生姜、青じそ、ごま、ゆかり)

おいしい記憶

ジャワカレーの反町隆史にムラムラっときて、牛肩のかたまり肉を買い、 レシピにある甘とうがらしがよくわからなかったのでぴり辛ピーマンという長いみどりとがったのを炒めて、ジャワカレーのルウを溶かし込んで作ってやった。盛夏に食べるカレーの最適解。2019年のわたしの夏のワーク終了。

「大草原」でローラの初恋相手のジョニーがオートミールクッキーが好物だというので、それも作った。インガルス家のクッキーには入らなかったであろうチョコレートを刻んでいれた。がりがりかじると開拓時代の大地を味わっているようなたくましい気持ちがする。

おいしい記憶 (単行本)

おいしい記憶 (単行本)

 

ト。

母のおこわ 上戸 彩

食の45年史 小島 慶子

思い出の味は、非日常 柴門 ふみ

特別おいしいってわけではなくっても 中島 京子

昭和38年の甘みと塩からみ 姫野 カオルコ

きのこ熱 平松 洋子

母から伝える味 堀江 ひろ子

自分でプレゼンした『くいしん坊』 松岡 修造

銀座の食の物語 宮本 亜門

イカラな祖母の熱々のおにぎり 森 久美子

「三色弁当」に込めた母の思い 大和 悠河

八州男の黒帯 山本 一力

キッコーマン賞 一般の部-あなたの『おいしい記憶』をおしえてくださいコンテスト-

キッコーマン賞 小学校低学年の部-あなたの『おいしい記憶』をおしえてくださいコンテスト- 

 柴門ふみの父親が山中で死んで、地元に連れ帰る余地なく火葬したあとで食べたおにぎりの味が抜群だったエピソードがいい。そんなときにおいしいと思えるなんて、すこやかでいいなあとおもう。

村上春樹雑文集

ばあちゃんのお弔いにはげんちゃんとふたりで出た。ばあちゃんらしい、立派な死に顔だった。化粧の似合わない、豪快で気持ちのよいひとだったなあと思い出す。蚊帳を吊ったなかにみんなで寝転んでしりとりをしたっけ、ほおずきを揉んで笛をつくってもらったこと、背中をばちんと叩く力強さ、洗濯ものを几帳面にたたんでいた手つき。十人きょうだいの六番目で、家のなかはしっちゃかめっちゃかして、なすの煮物のなかに雑巾が入っていたという逸話がある。遊びにいくと、まみぃや、ここなごーなってやすめや、とかけてくれた声を、いまは頭のなかで再生できるけれど、もうそれを取り出すことはできないと思うと不安になる。

お弔いのあとでおとうさんのお見舞いにいき、げんちゃんを腕のなかに入れ、ばあちゃんからきた手紙を渡す。おとうさん、耳がいっそう遠くなり、ろれつもまわらず、話をするのが難しい。キイトルーダの副作用なのか、しびれもひどいらしい。とどまってほしいと思いながらなすすべなくずるずると時間がすぎる。

村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集

 

ト。

 エルサレム賞スピーチ「壁と卵」、海外版への序文、音楽論、書評、人物論、結婚式のメッセージなど、村上春樹がセレクトした未収録の作品、未発表の文章69編を収録。安西水丸和田誠の解説対談も掲載。

前書き――どこまでも雑多な心持ち
序文・解説など
自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)
同じ空気を吸っているんだな、ということ
僕らが生きている困った世界
安西水丸はあなたを見ている
あいさつ・メッセージなど
「四十歳になれば」――群像新人文学賞・受賞の言葉
「先はまだ長いので」――野間文芸新人賞・受賞の言葉
「ぜんぜん忘れてていい」――谷崎賞をとったころ
「不思議であって、不思議でもない」――朝日賞・受賞のあいさつ
「今になって突然というか」――早稲田大学坪内逍遥大賞・受賞のあいさつ
「まだまわりにたくさんあるはず」――毎日出版文化賞・受賞のあいさつ
「枝葉が激しく揺れようと」――新風賞・受賞のあいさつ
自分の内側の未知の場所を探索できた
ドーナッツをかじりながら
いいときにはとてもいい
「壁と卵」――エルサレム賞・受賞のあいさつ
音楽について
余白のある音楽は聴き飽きない
ジム・モリソンのソウル・キッチン
ノルウェイの木を見て森を見ず
日本人にジャズは理解できているんだろうか
ビル・クロウとの会話
ニューヨークの秋
みんなが海をもてたなら
煙が目にしみたりして
ひたむきなピアニスト
言い出しかねて
ノーホェア・マン(どこにもいけない人)
ビリー・ホリデイの話
アンダーグラウンド』をめぐって
東京の地下のブラック・マジック
共生を求める人々、求めない人々
血肉のある言葉を求めて
翻訳すること、翻訳されること
翻訳することと、翻訳されること
僕の中の『キャッチャー』
準古典小説としての『ロング・グッドバイ
へら鹿(ムース)を追って
スティーヴン・キングの絶望と愛――良質の恐怖表現
ティム・オブライエンプリンストン大学に来た日のこと
バッハとオースターの効用
グレイス・ペイリーの中毒的「歯ごたえ」
レイモンド・カーヴァーの世界
スコット・フィッツジェラルド――ジャズ・エイジの旗手
小説より面白い?
たった一度の出会いが残してくれたもの
器量のある小説
カズオ・イシグロのような同時代作家を持つこと
翻訳の神様
人物について
安西水丸は褒めるしかない
動物園のツウ
都築響一的世界のなりたち
蒐集する目と、説得する言葉
チップ・キッドの仕事
「河合先生」と「河合隼雄
目にしたこと、心に思ったこと
デイヴ・ヒルトンのシーズン
正しいアイロンのかけ方
にしんの話
ジャック・ロンドンの入れ歯
風のことを考えよう
TONY TAKITANIのためのコメント
違う響きを求めて
質問とその回答
うまく歳をとるのはむずかしい
ポスト・コミュニズムの世界からの質問
短いフィクション――『夜のくもざる』アウトテイク
愛なき世界
柄谷行人
茂みの中の野ネズミ
小説を書くということ
柔らかな魂
遠くまで旅する部屋
自分の物語と、自分の文体
温かみを醸し出す小説を
凍った海と斧
物語の善きサイクル
解説対談 安西水丸×和田 誠

安西水丸和田誠がタッグを組んだら脱力感がはんぱない。ジャック・ロンドンの入れ歯の話(「人間がどれだけ死力を尽くして何かを追求したところで、その分野で人々に認められるのは稀なことなのだ」という教訓)、Norwegian Woodの最初のタイトルは"Knowing She Would"だったというエピソードもよかったけれど、安西水丸和田誠が対談で村上春樹のことを「二日酔いもしないし、肩こりもない。絵もうまいし、料理もうまい…。ピアノも弾けるし、マラソンをするスポーツマン。締め切りもきちっと守るし、字はカリントウみたいで読みやすい。」とほめ殺しているのもにくい。「いいときにはとてもいい」はその水丸さんの娘のかおりさんの結婚の祝電。

「かおりさん、ご結婚おめでとうございます。僕もいちどしか結婚したことがないので、くわしいことはよくわかりませんが、結婚というのは、いいときにはとてもいいものです。あまりよくないときには、僕はいつもなにかべつのことを考えるようにしています。でもいいときには、とてもいいものです。いいときがたくさんあることをお祈りしています。お幸せに。」

そんなわけで、結婚のことはおいといて、できるだけべつのことを考えていよう。いいときがたくさんあれば、そりゃいいよね。