まみ めも

つむじまがりといわれます

鴻上尚史のほがらか人生相談

日の入りが五時より早くなって、仕事あがり、最寄り駅についたときには空が濃い青で、西に向かって歩く帰り道でだんだんと木立ちが影絵になっていく。オレンジとブルーのグラデーションが鮮やかだ。透き通っているのに濃い色合いで、この季節の夕焼けが一番いい。家につくまでに西の空に引っかかっていた夕焼けは幕をおろして、月と星が光りを増す。薄暗さに心もとなくなってつないだ手をぎゅっと握る。昨日からマフラーを巻いている。

ト。

「彼女の整形に気づき、騙された気分です」「4歳の娘が可愛くありません」など、28件の質問に、鴻上尚史が具体的で実行可能なアドバイスを贈る。『一冊の本』『AERA dot.』連載を書籍化。

夫とは価値観が合わず、毎日一緒にいたいと思いません。結婚の意味ってなんですか?

個性的な服を着た帰国子女の娘がいじめられそうです。普通の洋服を買うべきですか?

小3から好きだったKちゃんと同窓会で再会。火鉢の底で赤く燃える炭のような私の思いは続いています。

鬱になった妹が田舎に帰ってきましたが、世間体を気にする家族が、病院に通わせようとしません。

友達と元カレが付き合いだしました。友達が許せないし、彼のことも忘れられません。

兄が継いだ実家の酒蔵がうまくいかず、田舎に帰って手伝うよう迫られ、断る決断ができません。

専業主婦の妻が、突然働きたいと言いだしました。突然の方向転換はルール違反じゃないでしょうか?

そこそこのスペックだと思うのに、恋は連敗。モテるにはどうしたらいいですか?

10キロ太ったら周囲の男性の態度が変わりました。結局女は容姿が10割でしょうか?

学校のグループ内で私は最下層扱い。本当の友達がほしいです。〔ほか〕

あらゆる悩みに身に覚えがある。生きていくことを「煩悩を抱きしめていく」と河合隼雄が表現していたけれど、本当にままならぬことだ。

キャベツ炒めに捧ぐ

いなかから届いた新米がなくなるのを惜しんで、休みのお昼に炊きたてのごはんをおむすびにする。てのひらが真っ赤になるのを水で濡らしてごまかしながら、塩を振って、ひとりにふたつずつ。並んだ姿がいとおしくて写真を撮る。たべるときに海苔を巻いて頬張る。胸が高鳴る。

先週末の雨で金木犀の花が落ちて、秋のはじまりが終わったと思っていたけれど、久しぶりに日が届いた日曜の午後、少しだけにおいが街に流れていた。

げんちゃんが一歩を踏み出した。そろりそろりと慎重にすすんで、みんなに囃されてうれしそうに手を叩いている。後ろ髪だけのびて、おでこが広くて、バカ姉弟の「おねい」みたい。思わずバカ姉弟のLINEスタンプを買ってしまった。

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

キャベツ炒めに捧ぐ (ハルキ文庫 い 19-1)

  • 作者:井上 荒野
  • 発売日: 2014/08/09
  • メディア: 文庫
 

ト。

幸福な記憶も、切ない想いも、料理とともにあった。小さくて美味しい惣菜屋「ここ家」で働く3人の女性たちの、たまらなく愛しい人生を描く小説。『ランティエ』連載に加筆・修正して単行本化。

新米 p6-22

ひろうす p23-41

桃素麵 p42-61

芋版のあとに p62-83

あさりフライ p84-102

豆ごはん p103-121

ふきのとう p122-140

キャベツ炒め p141-158

トウモロコシ p159-177

キュウリいろいろ p178-194

穴子と鰻 p195-215

食い意地が張っているので、食べ物系のタイトルに弱い。

村上春樹とイラストレーター

日曜はやど氏が絵に描いたような二日酔いをやり一日中へばっていた。午後はソファにのびて起き上がれない。容赦なくその上をげんちゃんがはいはいでよじのぼっていく。戻ってくるときに誰かの書いた反故の白い紙がげんちゃんにひっついてひらひらとやど氏の顔にかぶさり、本当に死人みたいになっている。紙きれをのける気力もなく、顔に紙をのせたまま動かない。ふーたんが「だじゃれをいうよ」と宣言をして「おれはおれでおまえはおまえでおまえはおれだ」と訳のわからぬことを言ったときに吹き出したので、どうやら今回は死なないなと思った。

ト。

村上春樹と共作したイラストレーター、佐々木マキ大橋歩和田誠安西水丸を取り上げ、文章と絵の相乗効果によって現れる豊かな世界とその魅力を紹介する。村上春樹和田誠安西水丸のコラボレーション作品も収録。

最高の布陣。ナナロク社!!

和田誠の「ブルーに生まれついて」に描かれている鮮やかなブルーの牛。メトロポリタンミュージアムのお土産にもらったぬいぐるみがうちにもある。ウィリアムと名づけられたエジプトの王家の副葬品であるらしい。和田さんも、水丸さんも、いなくなってしまったなあ。こんなに素敵な絵を残して。

向田邦子の本棚

風邪がうつったのか、気圧のせいなのか、ビールがうまくなく、やたら怠く、昨日の夜はソファで寝てしまって、なかなか起きられない。ソファから体を引き剥がすようにしてふらふら起きてみたらひと口分のビールが350缶に残っていた。ぬるくなったビールを流しこんでふとんにもぐりこむ。ひんやりとしたふとんが、体温でぬくまっていくとほっとする。

雨でどこにもいけないので、衣替えをしたり、きんぴらごぼうを炒めたり、ネット通販で肌着を買ったりして過ごす土曜日。雨がやんで、やっと虫の声が聞こえる。ビールを飲みながら(きのうよりはうまくなくない)、久しぶりにシャーデーを聴いている。秋が深くなると、おとうさんのいない一年が閉じることにうろたえてしまう。あなたのための短歌の封筒を取り出して失われていくにおいを何度も確かめてしまう。

向田邦子の本棚

向田邦子の本棚

  • 作者:向田邦子
  • 発売日: 2019/11/16
  • メディア: 単行本
 

ト。

向田邦子の膨大な蔵書から、脚本やエッセイ・小説の糧となった本、食いしん坊に贈る本などの愛読書を紹介する。本をめぐるエッセイ、単行本未収録エッセイ・対談も掲載。

もともと人の顔を覚えられない性質なのだけれど、向田邦子の顔はなかでも定着しない種類らしく、写真をみていると何人もの違う人に出会うような魅力がある。エッセイの中の文章でも、飼い猫に対する

「あとでご馳走やるからな」

「お前たち、誰も助けないことにしたからね。ドアをあけてやるから、自力で逃げな。判ったね」

みたいなぞんざいな口のききかたにどきっとする。あとでご馳走やるからな、なんて、ちょっと言ってみたくて、実はそっと声に出して読んでしまった。全然棒読みだった。

ロック母

細胞培養をはじめたら、細胞に翻弄される日々。思ったより増えてたり、かと思ったらピタッと増えなくなり、週末のあいだほっといたのに月曜日に顕微鏡ごしに覗いてもなんにも変わってなかったりする。なんて手のかかるやつだ。

細胞にかまけていたらせいちゃんが体調をくずし、夕飯もそこそこに残して寝てしまった。咳をしている。午前だけ会社にでて、培養室にこもって細胞の世話。培養室にひとりでいると、世界から切り取られたような気がしてくる。昼あがりして急ぎ足で帰宅。雨で金木犀の花が落ちてアスファルトに小花柄をつくっている。

ロック母 (講談社文庫)

ロック母 (講談社文庫)

  • 作者:角田 光代
  • 発売日: 2010/06/15
  • メディア: 文庫
 

ト。

身重で帰ってきた娘を迎えたのは、毎日ニルヴァーナを大音量で聞く母だった…。「ロック母」ほか、ぐれた娘が家に火を放って逃亡する「ゆうべの神様」など1992年から2006年に書かれた短編小説全7編を収録。

ゆうべの神様 p5-85

緑の鼠の糞 p87-110

爆竹夜 p111-133

カノジョ p135-162

ロック母 p163-189  父のボール p191-224

イリの結婚式 p225-257

角田光代の短編にでてくる人たちは針が振り切れているけれど、簡単に一線を飛び越えてそちら側にいけるような気がしている。たぶん線なんかないし。

その場小説

金木犀が爛漫で、街の中ににおいの濃淡が見えるようだ。朝、目が覚めて部屋を出ると、夜のあいだうっすらあけてあった階段の窓からひんやりした空気と甘いにおいが入りこんでいる。ちょっと甘すぎやしませんか。

いなかから新米と梨が届く。ごはんがお釜の中でぴかぴかつやつやに光ってわらっている。思春期の高校生くらい山盛りによそっておかわりもする。げんちゃんはパン食派であるらしく、食パンの耳を切り落としてふかふかのところを細かく刻んだのをタッパーに詰めて渡すと、背中を向けてつまんで口に運びながらにやにやしている。ななめ後ろからみたほっぺの形がクレヨンしんちゃんだ。

その場小説

その場小説

 

ト。

京都の書店では本が全裸の女に変わり男と交歓し、東京のお寺ではビルマのジャングルに飛んだ男がトラを見て小便を漏らす…。催しものにつどった人々の前で、空気、時間に任せ、うねり弾む文体で綴った、54の小説。

アート p13-16

亀 p17-21

場所 p22-24

布 p25-36

クマ p37-41

花 p42-45

光 p46-53

箱庭 p54-57

鳥 p58-62

本 p63-68

坂 p69-77

山 p78-85

線 p86-92

本 p93-100

花 p101-106

滝 p107-112

蔵 p113-118

ゴリラ p119-125

+- p126-132

ボタン p133-138

小説 p139-143

岩 p144-150

半 p151-154

崖 p155-160

父 p161-166

犬 p167-172

お寺 p173-178

米 p179-186

映画 p187-193

雪 p194-208

脈 p209-214

おしっこ p215-220

空 p221-227

森 p228-232

シスコ p233-237

屋敷 p238-242

芝生 p243-248

福島 p249-256

ギター p257-263

森 p264-269  

湯 p270-276

牛 p277-281

ピアノ p282-289

バカ p290-296

十三 p297-303

花 p304-309

器 p310-316

子供 p317-323

梨 p324-331

糸 p332-337

都 p338-345

ビール p346-351

金 p352-358

道 p359-362

いしいしんじのお話は、どれも突拍子もなくあほらしく、わけもわからぬままに味わってみたら懐かしさに出会う。

八ヶ岳キッチン

すこし早起きしてソファでぼんやりしていたフクちゃんが、出し抜けに「おかあちゃん、さっきからピンクのお花がふわふわういて見えるんだよ」なんて言いだすので、ラリってしまったのかと心配したけれど、窓の外で百日紅の花が、蜘蛛の糸にぶらさがって揺れているのだった。百日紅の花、たくさん落ちているのにまだまだ咲いている。無花果はまだ甘い匂いを通りに漂わせている。きょうはついに金木犀がにおった(ような気がする)。ふとんを干したくなるような爽やかな天気。秋なので山崎製パンのマロン&マロンをつい買ってしまう。菓子パンを食べると穂村弘のことを思い出す。伊藤パンのくるみ蒸しパンも素朴そうなのにカロリーが異様に高いところがいい。カロリーをコスパで捉えたら相当いい仕事をしている。こんなふうに満足感のある仕事ができたらと仮定法過去でおもう。

八ヶ岳キッチン(小学館文庫)

八ヶ岳キッチン(小学館文庫)

 

ブックオフオンラインで二百円だった単行本。みなみらんぼうの描く丁寧なタッチの表紙のイラストがかわいい。