まみ めも

つむじまがりといわれます

ギルバートグレイプ

ギルバート・グレイプ;WHAT'S EATING GILBERT GRAPE [DVD]

自分が生まれ育ったアイオワ州の小さな町から生まれてから一度も出たことが無いギルバート。彼には重い知的障害を持つ弟アーニー、夫の自殺から7年の間家から出たことがない肥満で過食症の母、二人の姉妹がおり、食料品店で働きながら家族の面倒を見ていた。そんな時、旅の途中でトレーラーが故障し、ギルバートの町にしばらくとどまることになった少女ベッキーと出会う。

いい映画。いい映画としかいいようのない映画。こどもを二階のベッドで寝かしつけて、ヴォリュームをぎりぎりの大きさにして、見ていたのだが、見終わったあとはやたら透明な気持ちがやってきて、ベッドのところにいってこどもを抱きしめたくなった。こどもはスウスウ眠っているので抱きしめるわけにはいかず、ほっぺたをなでて、物足りないので、蒲団に這いこんでぴたりくっついて寝た。あったかい。筈氏と、どのシーンが心にのこったかという会話をし、そのときはぴんと来なかったけれど、あくる朝になってみたら、川辺でベッキーと語るシーンが思い浮かんだ。あなたの夢はとベッキーにたずねられて、ギルバートは、あたらしい家、母にエクササイズ、アーニーにあたらしい脳を、妹におとなになってほしいと答える。それで、あなたの夢よ、ジャストフォーユー、と問われた彼は、いい人間になりたい、という。そのシーン。いい人間になりたい。このせりふにつらぬかれた気持ちはデジャヴュで、病床の夏目漱石が「思い出す事など」で「そうして願わくは善良な人間になりたいと考えた」と述べたのを読んだときと近い。いい人間になりたい、善良な人間になりたい、そのねがいを口のなかで反芻してみて、なんと自分にはだいそれた願いだろうと思ってしまう。わたし、わたしのねがいはなんだろうと考えてみたら、ドラマチックもダイナミックもない、なんでもない人生を平凡にいきていくことかもしれない。飛行機雲や虹をみつけたらわけもなくうれしくなって、煙草のポイ捨てにイラっとし、かなしいニュースで落ち込む。特別ななにかになりたいとも思わない、特別ななにかをほしいとも思わない、ブックオフで¥105の本を買える贅沢とその本を毎日すこしずつめくる時間があればいい。このまま、このわたしのまま、平平凡凡すぎてだれのものかわからないぐらいの人生を歩んでいきたい。それで、そのうち、いい人間になりたいというのを、てらいなく言えるようになれたらいい。