金曜の朝、家を出る支度をしているうちに雪模様になった。冷たく湿った日にはシガーロスをきくと決めている。イヤホンの向こうから傘にあたる雪のぱさぱさいう音や、オナガのギーギーなく声が聞こえる。耳の内側のシガーロスと外の音が混じってきこえると、ものすごく高揚することがあるけれど、ちょうどそういう日だった。定点観測の梅の花弁にも雪がたまって、味わってみたいような風情。駅はいつもより早く家を出た人で混雑しており、構内から外に出る人が傘をひらく色とリズムを眺めていたら、いじらしく、前向きな気持ちになる。帰り道、セイちゃんもフクちゃんも雪の残る道ばたを選んで踏んで歩き、フクちゃんはしりもちをついた。雪だるまは往来に面したところにひとつだけ。夕飯は豚汁に白菜を足してカレールウをとかした和風カレーで、みんなおかわりをした。おでんや肉じゃが、タコライスをカレーにするのはやっていたが、ついに豚汁までカレーにしてしまった。やっぱりカレーライスは懐が深い。
- 作者: 鴨居羊子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2007/01/01
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「女の美は全体的に把握するもので、寸法で把握されるものではないなと私は思った」
「下着によって変貌する女の魅力は、洋服を着たときと全く異なった角度からみられる。それはセンチザシでははかられない。もしモノサシをつくるのなら海綿みたいな、またはマシュマロみたいなくらげみたいな素材のモノサシではからないといけない」
とかんがえる鴨居羊子が、新聞記者をやめて一坪のオフィスから下着屋をはじめる経緯が書いてある。女の美は寸法ではないというのは本当にその通りだと思う。数字なんてファンタジーだ。海綿やマシュマロで寸法をとるというのは、感覚的な鴨居羊子らしくていい。今東光、司馬遼太郎、山崎豊子、開高健といった名前もちらほら出てきて、開高健は文壇三大音声といわれるだけあって「大へん大きな声を出す人で、一坪の部屋にびんびんと彼の声がひびいた」と書かれているところで、そうでしょうそうでしょうと妙に納得。
鴨居羊子は好きに生きた新しい時代のひとだと思っていたが、恋の悩み(旅先で知り合った少年とのゆきずりの恋というところが鴨居羊子らしい)だとか生きたいように生きられない懊悩みたいなものも書かれていて、とても切ない。