土曜の朝、げんちゃんと一緒に窓の外を眺めていたせいちゃんが「ありえないことが起こった」と騒ぐので、のぞきにいくと、鴨の親子が紫陽花の植え込みを通って塀をくぐって家の前に抜けていくところだった。ちょこちょこと後ろに九羽の雛がついていく。むかいの屋根の上に烏が控えていて、祈るような気持ちで見送った。
夜はふーたんのお誕生日会をした。コカ・コーラと本麒麟で乾杯。少しコーラをわけてもらって本麒麟に注いだ。オムライスとおからのコロッケをリクエストで用意して、あとはサラダ。食後にチーズケーキ。チーズケーキはレモン汁を生クリームに入れて泡立て、クリームチーズと混ぜ合わせるレシピで。ココナッツサブレを砕いて半分に混ぜ、残りはいちごソースを入れて、二層にした。庭でとれたブルーベリーを六粒、星型のアラザンとチョコペンで「ふみちゃん」とハートの中に「5」を書いた。プレゼントはメルちゃんのおせわセットとだっこひもを西松屋で選んであって、でも、ないしょで買ってきてねと言われていた。わかっていたはずなのに、プレゼントをあけて、「ほしかったやつだ」と騒いでいるのがおかしい。メッセージカードは家族みんなから。クラッカーを鳴らしてハッピーバースデーをうたった。クラッカーを鳴らしてほしいといったくせに本人は怖がって目をつむって体を背けていた。
ト。
傷心のOLが、秘密を抱えた男が、異国の者が、苦学生が、ここにいた。そして全員が去った。それぞれの跡形を残して…。すべての賃貸物件居住者に捧ぐ、心を優しく揺さぶる群像劇。『アンデル小さな文芸誌』連載を加筆修正。
変な間取り p1-20
シンク p21-40
雨と風邪 p41-59
目覚めよと来客はいった p61-79
影 p81-100
ザ・テレビジョン! p101-124
1は0より寂しい数字 p125-143
いろんな噓 p145-166
メドレー p167-200
簡単に懐かしい p201-220
電化製品列伝に続いて長嶋有。家電のことが出てくるたびアンテナが立ってしまう。世界の広がり。東京ではじめて住んだアパートをグーグルマップで調べてみたら、まだそこにあった。数年後、同じアパートの隣の棟に同じころに住んでいた人と知り合いになり、その人の友達とゆくゆく結婚することになるのだった。駅前でバイトしていたちっとも客の来ない料理屋はストリートビューで見る限り2009年にはなくなって焼き鳥屋になっていた。当時売れないモデルでアルバイトを掛け持ちしていたえみさんは野菜ソムリエになっていたがそのあとの行方はわからなかった。