まみ めも

つむじまがりといわれます

道 [DVD]
金曜日にふと会社が休みだったものだから、その日はなにをしようかとあれこれ巡らしておったのを、三日前に息子が手足口病になったので半ばあきらめていたが、当日の朝になって平熱に復したので保育園にあずけてでかけることにした。駅前のドーナツショップで本をぺらりぺらりやったあとで、京浜東北線にのってさいたま新都心に出た。午前10時の映画祭といって、千円で名画を週替わりでやっている。今週は道というのを上映していて、どんな筋だか知らんけれどもあらかじめそれに決めてあった。シアターの席は見事に中高年で埋まっている。わたしも御多分に洩れず中年なので、安心して席を占めさせてもらった。映画がはじまって、フェデリコ・フェリーニという名前だけがオープニングクレジットで眼についた。きいた風な名前なのだから、きっと有名な監督なんだろう。
映画は旅芸人の男ザンパノとその男に買われた女ジェルソミーナとの一連の日々なのだが、まったく胸糞悪くなるぐらい最低最悪、わたしの一番嫌いとするタイプの男が主人公なので、むかむかした。激情タイプでジェットコースターのように感情が乱高下し、そのくせ芯のところはせこくて脆弱でセンチメンタルなので、びびったりめそめそ泣きやがったり、心底殴りつけてやりたかった。また女のほうもちょっと妙ちくりんな頭をしていて純粋といえば聞こえはいいがおばかさんで、ひどい扱いをする糞男にいつしかほだされ、この人はあたしがいなくちゃひとりぼっちなんだわなんて信じこんでしまい、あたしの家はあんたよ、なんて海辺で男にしんみりと語ったりするんですっかり参ってしまった。なんて愚かなんだろう。わたしは人生に意味なんかないと思っているので、道傍の石ころにだって意味はあるんだよ、というどうやら名台詞らしきことばにもなんだかむなしさを覚えてしまった。あなたにも生きている意味はあるんだよ、なんて言われたらきっと死んでしまいたくなる。これまで意味なんて微塵もない人生を歩いてきたし、これからだってそうだと思う。
こんなことを打ち込みながら、やっぱりわたしはねじくれているなあと思う。おばかさんでもジェルソミーナはきらきらしていた。あんなふうにトランペットを鳴らせたら、気分がいいだろうなと思う。わたしにはあんなメロディーは鳴らせない。