まみ めも

つむじまがりといわれます

絵のある自伝

絵のある自伝
年明けに義母が入院をした。まえからおなかの中にあった奇形腫をこの際とってしまおうということらしい。入院は一週間ほどというので、何冊か暇つぶしになるような本を選んで送った。仕事で近くに寄った筈氏が術後の見舞いにいって話をしてきた、あとからきくと、奇形腫を臍からだしたというので一瞬間ギョッとしたが、おそらく臍のところを切開したということだろうとあとから知れた。また、奇形腫の中から髪の毛がでてきたのを、義母が、自分のうんだ三人の子どもの誰のかな?とうれしそうに話していたというのを聞いて、えらいメルヒェンだなあとおもった。筈氏には、奇形腫はピノコのあれなので、その毛は誰のものでもないと説明しておいた。けれども義母についてはそのまま勘違いしてもらっておいたほうがしあわせそうなのでなにもいうまい。
義母が退院したあとに送ってきた食糧品のなかに、お返しのつもりなのだろう、本が二冊混じっていた。安野光雅高峰秀子安野光雅の自伝を、毎晩のふろにもちこんでちびちびと読んだ。ブックオフで¥105に値下がりした時代おくれの本ばかり読んでいるので、去年でたばかりの本だというのがめずらしく、震災のあとの計画停電について触れていたりするので話がはやいなあと感心してしまった。ちくま文学の森のあとがきにもあったと思うが、空想犯と題して刑務所から年賀状をだしたという話がのっていて、すきなエピソードは何度よんでもいいなあとおもう。わらい話になりきらないところがますますおかしい。安野氏はどこまでいっても無邪気でこんな歳のとりかたもあるのだと思うとすくわれる。