こないだ、酔っぱらって帰宅した夜、湯からあがり、いい気分で歯ぶらしをつかっていたら、前歯の裏がわの詰めものがぽろりと落ちて、穴ぼこができた。べろで確かめると、ざらざらとする断面が珍しい。職場で、冷蔵庫からだしたグレープフルーツジュースを飲んでみたら、つめたさが穴のなかにしいんと沁みいり、早々に近所の歯医者に予約をいれた。土曜、はやひるを済まし、こどもたちが昼寝しそうなタイミングででかける。梅雨のむっとする陽射し。ひと気のない医院の待合室で問診を書き、二階にあがると治療台にひとり先客がありほっとする。簡単な気持ちでぼんやり本を読みながら待っていたら、おもむろに現れたクマみたいな先生に、しょっぱなからキウイイインという例の音で歯をけずられ、耳と、歯に沁みいるせつない痛みとで、一挙に心が萎え、冷や汗が噴出した。歯を削っているあいだの時間ははてしなく永遠に近い。相対的すぎる。アインシュタインにここんところを確かめてみたい。ニアリーイコール永遠の十分が過ぎて処置はおわり、埋まった穴をべろの先でたしかめながらぶらぶらと帰宅したら、こどもたちは寝る気配なく、寝そべっている宿六のまわりでそれぞれ歓声をあげていた。
- 作者: 吉行淳之介
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1966
- メディア: 文庫
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自分の心がすっかり萎えていることを感じる。まるで、心臓が箸の先でつまみ上げられた味噌汁の中のワカメの束のようだ。
味噌汁のワカメを比喩にもってくるところに主婦魂をくすぐられる。
私は取去られた自分の骨を医師の手から取戻し、その骨でイヤリングを作って好きな女の耳に飾ったり、耳かきをこしらえて耳の穴をほじくったりする光景を空想して、その気持を紛らわそうと努めたものだ。
骨で耳をほじるというのもすごくいい。耳の穴とか、臍とか、すごくくさくって、わたしは自分の耳も臍もこっそり好きなのだが、じつは他人の臍はにおいだことがない。吉行淳之介の臍ならかいでみたい気持ちがする。