まみ めも

つむじまがりといわれます

国のない男

木曜日、仕事中にネットで検索をしようとしてYahooをひらいたら、琴欧洲の引退がトップにでていた。今場所は負けがこんだ上に肩を脱臼して休場してしまい、日本国籍をとった話もあったので、琴欧洲の相撲もあとしばらくという予感があったものの、まだひと踏ん張りしてほしい気持ちがあったので、さみしい。なによりセイちゃんが琴欧洲のファンで、なんだかんだ言いつつ、琴欧洲の取組中は「ことおーしゅーがんばれー、ことおーしゅーがんばれー」とテレビの前で叫びつづける、ちょっとあんまりうるさいので、もう少しちいさくできない、と言ったら、「でも、ことおーしゅーがんばってほしいから、いっちゃうんだよ」と申し訳なさそうにつぶやいていた、琴欧洲が勝つと万歳して、「おうえんがきこえたからかったのかな?」とうれしそうにした、そういうことを思い出すにつけ、さみしくなる。セイちゃんの通園かばんには国技館で買った琴欧洲のキーホルダーがついている。セイちゃんのはじめての生身のヒーローだったのだと思う。引退会見で「お相撲さんになってよかった」といっていた。なんとなくアンニュイ顔の琴欧洲だったので、相撲を続けるのは辛いのではないかと思っていたが、相撲が好きだったのなら、よかったな。大関になってから八年もやったのだからやっぱり立派なおすもうさんだった。おつかれさま。

国のない男

国のない男

図書館で予約。どこかで誰かのおすすめになっていたのをメモしていて、やっと読む。ユーモアとウィットのあるおじいちゃんのエッセイだけれど、人間に対する切望と絶望のようなものがないまぜして、ちょっとくたびれる。いまは肯定的なものを読みたい時期なのだと思う。小説の展開を、時間軸と幸不幸でグラフ化したもので、カフカの小説が、不幸からはじまって負の二次関数のように不幸を深くおちていく図が、おもしろかった。最近のニュースで、大衆が物語性を求めすぎるという指摘があったけれど、みんな、カフカを読んだらいいんじゃないかな。

唯一わたしがやりたかったのは、人々に救いを与えることだ。ユーモアには人の心を楽にする力がある。アスピリンのようなものだ。百年後、人類がまだ笑っていたら、わたしはきっとうれしいと思う。

大丈夫、百年たっても人間は泣いたり笑ったりしていると思うよ、おじいちゃん。