まみ めも

つむじまがりといわれます

コクトーの食卓

いなかで、しばらく会わないでいた友達や親戚に会って、こどもたちの成長にいちいちおどろく。二年近く会わないうちに、みんなぐーんと伸びて、春のたけのこみたいだ。ばあちゃんは、足腰がたたないのに庭先で草むしりをし、足がしびれて立ち上がれないで、這ってすすみ、やっと立ち上がってもよろよろとまっすぐ歩けない。耳が遠いので会話もはんぱになって、ほとんど話をきいているだけになる。四歳の女の子に、ばあちゃんが昔着ていたロングドレスを出してやったら、大はしゃぎして、くるくる、くるくると裾をひらめかして何遍もまわるので、最後は目が回ってしまった、という話をするときの、象みたいな目。ばあちゃんの目には、幼い女の子がどれほどまぶしいだろうと思う。母の背中も少しずつまるくなっていくのを、見て見ない振りをしたくなる。たけのこが伸びたのと同じだけの時間が、みんなに過ぎたのを否応なく知る。まぶたの皮膚の荒れがひどく、またそれを掻きむしってしまうので、方々で心配された。母屋にはいとこのこどもが下は一歳から上は小学五年生まで十人集まったので、それは賑やかだった。宿六は相撲を一番とったら気に入られてしまい、こども五、六人にまとわりつかれ、お祭りで買ったぺなぺなの刀でチャンバラ、小学生男子にお約束どおり股間を狙われていた。そのさなかで、マイペースな我が家の男児ふたりはそれぞれ騒ぎをよそにおもちゃで粛々と遊んでいた。

コクトーの食卓

コクトーの食卓

「玉子ふわふわ」で紹介されていた本を、図書館で予約。ジャン・コクトーときいて、絵を描くひとなのか詩をやったひとなのか、と思ったが、絵も詩もやるひとだった。モディリアーニが似顔絵を描いている。モディリアーニの描く肖像は、どれもおなじ型にはまっているのに、らしさがあっておもしろい。
ジャン・コクトーの通ったレストランのシェフがコクトーのこだわった料理について指南してくれるが、目玉焼きひとつ作るにしても、塩は先に皿にふっておくと卵の表面につぶつぶしないので見目がよいとか、白身の形をととのえるとか、とにかく繊細なので、粗雑な神経と胃袋の持ち主であるわたしには、レシピとしてはかったるい気がする。けれども、再現できそうなレシピは、目玉焼きぐらいしか、ない。

私の目玉焼きの作り方はこうである。
パリ磁器で出している美しい模様の付いた皿か、純白の皿にバターを少々落とし、皿を火にかける。バターが溶けたら、必要ならさらにバターを少々加えて、皿の底が溶けたバターでまんべんなく覆われるようにする。そこで火から下ろす。バターはほどよく薄く皿全体に広がるくらい、皿は熱しすぎないように気をつけること。バターが溶けて非常に熱くなり、しかもまだノアゼットにならない程度である軽くじゅうじゅうというくらいに熱し、明るい褐色に色づかせたバターは実際にハシバミ色をしているところからブール・ノアゼットと呼ばれている。さてそこで皿の底に適当に塩をふる。ひとこと言い添えておけば、塩をふるのは卵のためであってバターのためではない。相変わらず火から下ろしたまま、皿に適当な数の卵をひとつづつ割り、必要ならフォークの先で白身のかたちを整える。実際、非常に新鮮な卵は白身がたいへん稠密でなかなか均一に焼き上げにくいものである。もう一度火にかけ、はじめは弱火で、終わりに近づくにつれて火を強めていく。黄身の一つ一つにほんの少し胡椒(ブラックペッパー)して供する。

この目玉焼きで東海林さだおの目玉焼きごはんをのせて、ぐちゃぐちゃに混ぜて蹂躙して食べてやりたいと思うが、いかんせんかったるいので、いつ実現するやらわからない。