まみ めも

つむじまがりといわれます

旅先でビール

火曜の朝に入院をして、昼すぎ、あかちゃんがうぶ声をあげた。やっぱりお産はものすごく、全身が穴になってめりめり裏返るようなしんどさで何度やってもうまくやれないけれど、おわったあとのすべてが流れ去るような怒涛のカタルシスで、なにもかもを肯定したくなり、じわじわ泣けてきてありがたい気持ちしかなかった。信仰というのはこのありがたい気持ちに近いのかもしれない。
うまれたてのあかちゃんはふにゃふにゃで頼りなく、そのくせうぶ毛が体じゅうにはえて、とにかく文句なしでかわいい。セイちゃんにもフクちゃんにも似ていて、上のふたりのあかちゃんに再会するような懐かしさに胸がいっぱいになる。この時間の取り返しのつかなさをおもって、果てしない気持ち。この一瞬一瞬を逃したくないとおもうそばから、時間はあっという間に指の隙間からこぼれる。初日の夜は、興奮と痛みで夜中に目が覚めて、シャーデーiPhoneから小さく流す。The Sweetest Giftをきくのに、こんなに似合う夜はない。七夕うまれの女の子。天国から授けられた甘い贈り物。いい名前を考えなくては。

旅先でビール

旅先でビール

なん年ぶりかで読み返す鮮やかなグリーンの表紙。イラストは小林愛美、ブックデザインは鈴木成一デザイン室。里帰り先の図書館でこの背表紙に再会したときに胸が高鳴って、立ち読みだけで済まそうとおもったけれどやっぱりもう一度読みたくなって結局借りた。

自分の好きなことを書くのがいちばんいい。旅、居酒屋、温泉、鉄道の駅、下町、昭和三十年代の東京、昔の文士、町の緑、そして何よりも旅先の駅前食堂や居酒屋で飲む、その日最初のビール(あらゆる酒のなかでその日最初に飲むビールほどおいしいものはない)。
そんな自分の好きな小さな世界のことを書く。自然に文章は肩の力が抜け、ほころんでくる。好きな世界のことを書くのだから、書いていて楽しい。ただあまりひとりよがりになってはいけない。そこで、ところどころで他の人の文章を引用する。いい引用をするというのもエッセイでは大事なことだろう。

読んでみたい本、でかけてみたい町、みてみたい映画、旅先で立ち寄る駅前食堂のビール。川本三郎のおひとりさまの小さな世界に本の中でお邪魔させてもらう。この本は表紙も中のフォントもまるごと好きだなあ。2Bの鉛筆をカッターナイフで削って原稿を書くという川本三郎の筆跡はどんなだろう?
川本三郎好きとしては、川本三郎が「家人」「かみさん」を使っていることも覚えておきたい。